河野慎二/テレビウオッチ5/ 北朝鮮ミサイル発射と「憲法9条制御機能」/06/07/22


北朝鮮ミサイル発射と「憲法9条制御機能」

 

7月5日早朝、北朝鮮がミサイルを6発発射し、日本海に着弾した。メディア、特にテレビは即、この事件に飛びついた。情報は政府の発表だけ。日本海のどこに着弾したのか、本当に6発発射したのか、3発目の「テポドン」は成功したのか、失敗なのか。ウラの取りようがない。しかし、過熱競争のこの業界、「情報が確定するまで待とう」なんて悠長なことは言ってられない。そんな局は競争社会に置いてきぼりにされ、敗者の烙印が押されるだけだ。粗悪品だろうと、欠陥品だろうと、とにかく商品(特番)を店先(チャンネル)に並べなければならない。番組がどうなるかという不安感と他局に負けられないという強迫観念が支配する中、報道局は「ゲストを確保したか」「北のビデオを揃えろ」「官邸に中継車を出せ」などと怒号が飛び交う戦場と化す。番組は時間が来たら、見切り発車だ。番組の中味は、スタートしてから考える。

 こうして、異常な7月5日のテレビが始まった。この日私は、NHKでサッカーワールドカップ準決勝のドイツ対イタリア戦を見ていた。後半終了直前、画面に「北朝鮮、ミサイル発射」の速報スーパーが入った。後半終了のホイッスルが鳴ると、NHKの画面は「北朝鮮ミサイル発射」のニュースに切り替わった。延長戦が始まるまでの時間を使った「臨時ニュースだろう」と見ていたが、そうではなかった。NHKは延長戦中継を取りやめて、急遽「北朝鮮ミサイル発射」特番に切り替えたのである。サッカーファンからはブーイングの声も上がったが、延長戦はNHKBSで視聴できるから、特番への切り替えはやむをえないとしよう。しかし、NHKの対応は尋常ではなかった。午前6時前から始まった「北朝鮮ミサイル特番」は、看板番組のテレビ小説「純情きらり」を飛ばしてまで延々と続いた。明け方午前4時、首相官邸に官邸対策室を設置。午前7時過ぎにシーファー米大使を官邸に呼んで、安倍官房長官や麻生外相らが緊急協議。同8時21分(「純情きらり」の放送時間)、安倍長官が「すべての制裁措置を検討する」と会見。NHKはこうした動きを逐一、生中継や記者リポートで伝えた。この時、NHKは完全に国営放送となった。 民放各局も、事実上過剰報道をNHKと競い合った。テレビ朝日の「スーパーモーニング」は、午前7時半から10時まで全編「北朝鮮ミサイル発射」特番に切り替えた。「ミサイル発射は成功か。失敗か」。“専門家”のゲストをまじえ、議論が交わされるが、正確な情報が少ないため、番組の解説も推測混じりの不確定な発言が多い。特番は結局、北朝鮮のミサイル発射に対する危機感を煽って終わった。民放各局はこの日、すべてのニュースやワイドショーで「北朝鮮ミサイル発射」を洪水のように大量に流した。

 TBSブロードキャスターの「お父さんのためのワイドショー講座」(7月8日)によると、トップは「北の暴走」で10時間41分07秒。2位の「ワールドカップドイツ大会」3時間38分09秒を3倍近く引き離して断トツの1位だった。「北のミサイル」は水曜日に発射された訳だから、民放のワイドショーがこの問題について、いかに集中豪雨的に大量の情報を流したかが分かる。北朝鮮を叩くチャンスと見た小泉内閣は突出した動きに出る。日本、米国、英国、フランスの4カ国は7月7日、北朝鮮制裁決議案を国連安全保障理事会に正式に共同提出した。ポイントは、「平和に対する脅威、平和の破壊、侵略行為」と認めた国家などに、経済制裁や軍事行動を起こすことができるとした国連憲章7章を盛り込んだことだ。日本政府は「抵抗勢力をあぶり出す『郵政戦術』」(朝日、7月9日)という高飛車な外交戦術で各国に同調を迫った。安倍長官は「間違っても北朝鮮の挑戦的な行為に、何かシンパシー(共感)を持っているという誤解を受けることがあってはならない」と、強硬路線の旗を振った。日本政府の強硬な姿勢の演出に一役買って出たのがテレビである。閣僚がテレビ番組で構想や政策方針などを明らかにし、それを他の主要閣僚や党幹部が記者会見でフォローアップして世論を誘導する手法である。額賀防衛庁長官は7月9日、フジテレビの報道番組「報道2001」に出演、「敵基地攻撃論」をブチ上げた。同長官は「敵国が確実に日本を狙って攻撃的手段、ピストルで言えば引き金に手をかけた時であれば、日本を守るためにどうするかという判断は、首相と我々がすることができる」と発言した。麻生外相も同日のテレビ番組で「(ミサイルが)日本に向けられる場合、被害を受けるまで何もしないわけにはいかない」と述べた。強硬路線の極めつけとも言うべきこの「敵基地攻撃論」を安倍長官や自民党の武部幹事長が「検討するのは当然」とバックアップした。世界情勢や力関係をわきまえない、向こう見ずの外交姿勢はすぐ頓挫する。

 韓国の鄭泰浩大統領報道官は11日、「日本の侵略主義的性向を表したもので、深く警戒せざるをえない」と批判。さらに「先制攻撃といった危険で挑発的な妄言で朝鮮半島の機器を増幅させ、軍事大国化の名分にしようとする日本の政治指導者の傲慢には強力に対応する」と強く反発した。中国は、日本政府主導の制裁決議案には拒否権を行使すると明言。中・露両国は12日、日米などの決議案から制裁条項を削除した独自の非難決議案を提出した。イラン核開発問題や中東問題の協議を控えるアメリカは、中露との足並みを優先、妥協点の模索に動いた。同盟国アメリカから梯子を外されそうになった日本は、中露が「議長声明案」から「非難決議案」に格上げしたことを渡りに船として、制裁決議案取り下げに渋々同意した。

 この間、フジテレビの「ニュースJAPAN」(7月11日)で解説委員が「ただ平和を唱えているだけでは安全は保障されない」と、額賀長官の「敵基地攻撃論」を支持する解説を行ったり、テレビ朝日の「スーパーモーニング」(7月12日)でも「日本をターゲットとするノドンが核弾頭を装着して国会議事堂に着弾したら30万人〜100万人が死ぬ」などと、危機感を煽る報道が続いた。こうした報道については、同じテレビ朝日のスーパーモーニングで軍事評論家の小川和久氏が「冷静な報道をお願いします」と戒める一幕もあった。米中主導により、制裁を伴わない北朝鮮非難決議案に収斂される方向が出始めると、テレビメディアでも比較的抑えた報道が見えるようになった。TBSの局長会議では、過熱報道への反省があったと聞く。ただ、根源的には、憲法9条の存在に注目したい。岩下俊三氏も指摘しているが、強硬路線を突っ走る安倍長官らの言動と煽りすぎのテレビ報道にブレーキをかけたのは、春秋の筆法をもってすれば、憲法9条が「見えざる力」として働いたのではないかと、私は見ている。大局的には「憲法9条制御機能」が力を発揮したと言えるのではないか。

 二、三、例を見てみよう。石破元防衛庁長官が、フジテレビの「とくダネ!」(7月12日)に出演し、「日本は戦争放棄をした。なぜそうなったか」との司会者の問題提起に対して、こんなことを言っている。「日本は、中国・英米と無謀な戦争をやってしまった。鬼畜米英、日本は神の国。何をやっても出来ると、戦争をやってしまった。日本は何が出来て、何が出来ないのか。そこをはっきりさせず、何でも出来ると勇ましいことを言ってもダメだ。そうなったら、日本は民主主義国家ではなくなる」。自民党の山崎拓・安全保障調査会長は12日大阪市で講演し、「(敵基地攻撃論は)国是である専守防衛に反するし、重大な憲法違反になる」「北がミサイルを発射する前に叩けばいいとなる。『やっちゃえ、やっちゃえ』と、戦前回帰の動きになる危険性がある」と発言、各局が放映した。小沢民主党代表は、テレビ朝日の「報道ステーション」(12日)に出演し、「北が日本を直接攻撃することは、戦争状態になるということ。そんなことはありえない。現象に乗って騒ぎすぎる」と発言した。3人はいずれも保守政治家だ。3人は直接憲法9条には言及していない。しかし、発言の底流には「憲法9条制御機能」の存在がうかがえる。その意味では、火遊び的外交の産物とも言うべき「敵基地攻撃論」を孤立させ、「北の脅威」を煽り立てたテレビ報道に歯止めをかけたのは、憲法9条だったのだ。国連安全保障理事会は15日、強制行動につながる「国連憲章7章」の文言削除に日米が同意したため、北朝鮮非難決議案を全会一致で採択し、「北のミサイル」問題は新たな段階に入った。

 この際、テレビメディアに注文したい。政府発表を鵜呑みにしたり、お先棒を担ぐ報道に終始するのではなく、その発表は実現可能なのか、その先に起こる問題は何か、といった点にも取材の鉾先を向け、視聴者が判断できる材料を客観的に提供してほしい。一例を挙げれば、「敵基地攻撃論」をめぐる報道である。この「論」が、@憲法A国是である専守防衛の基本方針B日米安保条約などとの関係で、実行に移せないことは明白である。ところが、その点がほとんど触れられないまま、テレビを利用した額賀長官や麻生外相らの勇ましい発言が大きく報道され、一人歩きする。テレビを見ている視聴者は「やはり、北のミサイル基地を叩くしかないのか」などと危機感を煽られる。「敵基地攻撃論」の先にあるのは何か。ひとつは言うまでもなく憲法改正だ。9条改正を最大のターゲットとして、アメリカとともに「戦争をする国」にしようとしている。もう一点は、「北の脅威」を口実とした日本の一層の軍事大国化の問題だ。

防衛庁や在日米軍は、早くもミサイル防衛(MD)システム配備の前倒しで動き出した。額賀長官はミサイル発射翌日の6日、衆院安全保障特別委員会で「迎撃面も米国と協調の上、態勢を一刻も早く作っていきたい」と発言。これに呼応するかのように日本政府は20日、米政府が8月から沖縄県の嘉手納基地などに地対空誘導弾パトリオット3(PAC3)を配備する準備を進め、年内に一部運用を始めると発表した。

 日本は北朝鮮の脅威を口実に、軍事大国化の道を歩んできた。93年5月の「ノドン」発射はミサイル防衛システム導入に、98年8月の「テポドン1号」は情報収集衛星の打ち上げに道を開いた。「金正日に感謝しなければ」と語ったのは麻生外相だが、それ以上に喜んだのは防衛庁ではないか。防衛官僚は「北の脅威」が巨額な防衛予算の壁を次々と崩してきたことに味をしめており、今回もチャンスと色めきたっている。MDシステム配備の前倒しには早々と着手し、来年度予算の概算要求基準(シーリング)でも、北のミサイル連射を理由に防衛費の大幅増額を実現させるかまえだ。北朝鮮のミサイル発射問題は、国連安保理の非難決議で一件落着したのではない。 日本国内だけでも極めて大きな問題が顕在化しようとしている。

 こうした問題に対しても、「憲法9条制御機能」のコントロールのもとに置いて、監視を続けなければならない。 そこで、テレビメディアへの注文である。今回の「北朝鮮ミサイル発射」に照らして言えば、「発射」や「政府発表」などの現象のみを追うのではなく、政府の「意図」やそれがもたらす「諸結果」など、「北のミサイル」問題の全体像が理解できる事実を取材し、提供してほしいのだ。視聴者が正確に判断できる事実を客観的に提供するテレビメディアの目が、「憲法9条制御機能」をより強固なものにする。